コロナ禍の2020東京オリパラ開催の是非と持続可能な五輪をめざして|第11回オンライン研究会シンポジウム

2021年1月15日、コロナ禍、人権問題とオリパラの今後のあり方などをテーマに「第11回オンライン研究会シンポジウム」が開催されました。今回は、シンポジストの一人である和食昭夫さん(2020オリンピック・パラリンピックを考える都民の会共同代表)のレポートを掲載します。

コロナ禍の2020東京オリパラ開催の是非と持続可能な五輪をめざして

シンポジスト=和食昭夫
(2020オリンピック・パラリンピックを考える都民の会 共同代表)

はじめに

2021年7月23日の開会式まで200日を切った1月8日、政府は1都3県を対象とする緊急事態宣言を再発令しました。菅首相は発表記者会見で、「IOCのバッハ会長と会談したときに、今年の東京五輪は必ず実現し、緊密に連携していくことで一致している」と述べ、同時にワクチンの投与を2月下旬に開始するとし、「こうした対応をしていくことで、国民の雰囲気も変わってくるのではないか」と発言しました。さらに12日、ビル・ゲイツ氏との電話会談でも「必ずやり切る」とあたかも主催者かのような決意を語っています。こうした強気の発言のなかにも「国民の雰囲気」が相当に気がかりになっていることも見て取れます。

一方、組織委員会の森喜朗会長は12日、職員向けの新年の挨拶で「淡々と予定どおり進める」と表明するとともに、その後都内で行われた講演会で「コロナ騒ぎのなかで、五輪をやるかどうかと聞いたら答えようがない」と述べました。二人の発言はどちらも「決意」のみの表明で、根拠や筋道は語られていません。

新型コロナの新規感染者は1月8日、全国で7831人、4日連続で過去最多を更新。緊急事態宣言の対象地域も新たに7府県に広がっています。こうした感染拡大の現実は、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」として開催する根拠と条件がさらに後退したことを示しています。

新型コロナ禍の東京オリパラの開催の是非については、IOCに最終的な決定権があるとしても、政府やIOC任せではなく、わが国のスポーツ団体、スポーツ関係者が、自覚的に判断することが重要ではないでしょうか。そうした検討を進めるために、判断の期限、判断の基準などについて、問題提起したいと思います。また、開催の是非の判断は、2020東京オリパラを含むこれからのオリパラのあり方と深く関わっており、その討論のたたき台としての問題提起を行いたいと思います。

1、新型コロナパンデミックによって、オリンピック運動の課題がより明らかになった

まず、新型コロナウイルスパンデミックがスポーツや五輪にどのような変化をもたらしたかを考えます。

人々の体と心の交流と結びつきを不可欠な特徴とするスポーツ活動は、新型コロナウイルス感染予防対策とは相容れないことから、昨年2月後半から6月にかけて、世界からスポーツが消え、スポーツができない暮らしを世界中の人々が共有し、その中で史上初となる五輪の延期となりました。

地域や市民スポーツの場面では、70~80%の定期的な練習会や事業が中止。プロスポーツ、高校野球、国民体育大会、全国障がい者スポーツ大会、インターハイ、インカレなど各種大会、ほぼすべての国際大会が中止、延期を余儀なくされました。

その一方で、アスリート、スポーツインストラクター、文化・芸能関係者、メディアの努力もあって、国民の間で体を動かす欲求の高まりがあり、ウォーキング、ジョギング、ひとりヨガ教室、健康体操、トレーニングなど、個人の健康や体作りへの関心が高まっているようです。同時に、YouTubeなどSNSによって、トップアスリートとサポーターという関係にも新たな変化が生まれつつあるように思います。それは、競技を見て憧れるというだけでなく、より身近な存在としてアスリートを意識するようなことが広がっているのではないかということです。

コロナはこの間オリンピック運動が抱えてきた問題点(下表)をより鮮明にし、基本理念と現実の乖離をこれ以上先送りできないことをわれわれに突きつけています。

コロナ危機のもとで、オリンピックの危機が進行しているにもかかわらず、政府、組織委員会、IOCの対応と取り組みは従来の枠内にとどまり、テレビ放映会社、スポンサーの経済的利益にもとづく要望が優先され、「開催ありき」の対応に終始しています。

同時に、マスコミが開催の是非などについて正面から論じてないことは強く批判されるべきです。その背景には、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞が組織委員会のオフィシャル・パートナーとなり、産経新聞と北海道新聞がオフィシャル・サポーターとしてなっていることが、批判的な議論や国民的な討論が起こらない重要な要因となっていることは否定できません。

新型コロナウイルスは、根源的には、人類が進めてきた文明が、地球規模の生態系をかく乱してきたことによってもたらされたといわれています。酷暑の中の五輪開催強行も、直接的にはアメリカなどのテレビマネーの横暴によるものですが、地球規模の生態系のかく乱が深く関わっていることも多くの専門家の方々が、指摘しているところです。自然との共生、地球温暖化対策へのスポーツ分野から決意と取り組みが強く要請されています。さらに、コロナ感染予防対策は、世界の平和と連帯、リスペクトがなければ進みません。持続可能で平和な社会を実現することがオリンピック運動の継続にとっても不可欠です。

2、2020東京オリパラ開催の是非を考える

東京オリパラの開催問題に関する世論調査を見ると、「中止、延期」あわせると77%に上り、「開催すべき」は16%で、昨年12月からの1ヶ月間で11ポイントも下がっています。

こうした世論の動向は、「選手の思いはわからなくないが、とても開催できるとは思えない」という意見にとどまらず、「金もうけと住民負担増大の五輪、利権と腐敗が横行する五輪、選手や観客の安全を無視する五輪は、もうやめた方がいい」など「オリンピック悪者論」や「オリンピックそのもの廃止論」が広がりつつあります。

さらに、選手たちの中からも、開催と参加について、疑問や意見が出され始めています。英BBCによれば、カナダのIOC委員ディック・パウンド氏は東京大会開催について、「私は、確信が持てない。ウイルスの急増というだれも語りたがらない問題が進行中だからだ」と発言しています。また、イギリスの元ボート選手(4大会連続金メダリスト)は、「東京オリンピックは2024年に延期し、パリ、ロサンゼルスも4年ずつ延期する選択肢を与えるべきだ。ワクチンを選手に優先するというIOCの見解には反対だ」とツイッターに投稿しています。

以上の状況は、「淡々と予定どおり進める」ことでは済まされない段階、開催の是非を決断すべき時期を迎えていると考えます。

オリパラ開催の判断基準や主催者に求められることは下表の通りですが、もう少し踏み込んで言いますと、私は、2021年7月23日の開会を予定通り行うことは道義的にも技術的にも困難で、開催の延期または中止を現実のものとして真剣に検討すべき段階だと思います。

その理由は、第一に、世界と日本の感染状況が未だに収束に向かうどころか、さらに拡大に向かっていることです。欧州では、再びロックダウンや外出禁止が厳しく行われ、日本でも緊急事態宣言が発せられています。

ワクチン接種の普及への期待がありますが、WHOは1月11日に「現在40ヶ国で接種が始まっているが、2021年にワクチンによる集団免疫を達成することはありえない」と明言しています。今後、世界でコロナの収束がどうなるのか、誰も見通せない状況です。

こうした状況のもとでは、参加が困難な選手や選手団が続出する可能性があり、開催の基本的な前提条件をくつがえすことになります。

第二の理由は、東京オリパラの安全な運営にとって、コロナ対策の医療体制を確立させることがきわめて厳しいという現実があることです。組織委員会等によれば、約1万人の医療従事者が必要と想定されています。しかし、現在の東京における医療体制のひっ迫した状況を考えると、多数の医療スタッフを確保するのは極めて難しい。都民の感染症対策を困難にして、都民の命と健康を危うくすることにつながりかねません。

東京都医師会の尾崎会長は「熱中症対策を含めて、五輪に協力するという形になれるかどうか、正直なところ難しいと思う」と、昨年9月の段階で発言しています。

第三の理由は、「選手やスタッフを一定の施設に隔離して、無観客で競技を行えば開催できるのではないか」という意見もありますが、技術的には可能であっても、人々が連帯をし友情を深めあうオリンピック競技大会にはふさわしくないということです。オリンピック参加選手のPCR検査やワクチン接種を優先的に実施するという対応を見ると、オリンピックと競技大会への参加が、世界の人々との分断の原因にもなりかねない。現状では開催を強行すれば、オリンピックとスポーツを今まで以上に悪者にしてしまいかねません。それはどうしても避けなければならないと思います。

延期・中止というには対案が必要ですが、「2年後への再延期」「中止」などいろいろな意見が出されています。それらの案を含めて、選手の意見や思いなどもしっかり受け止めながら、今後の五輪のあり方を視野に入れつつ、広く検討をすることが、必ず今後のオリンピックにとっても役に立つのではないでしょうか。オリンピアンをはじめ、すべてのスポーツ人が情熱を持って、コロナを乗り越えるために奮闘する世界の人々の心に寄り添っていくことを呼びかけたいと思います。

3、持続可能なオリンピック運動のあり方を考える機会とすべき

オリンピック憲章の「IOCの使命と役割」第3項には、「オリンピック競技大会を定期的に確実に開催する」と明記されています。しかし、オリンピック競技大会は、オリンピズムを実現することを目標としておこなわれるものであり、東京オリパラの開催がその目標に合致しているかどうかが検討される必要があります。

オリンピック運動は、単なるスポーツの祭典にとどまりません。世界の人々の平和、人権、民主主義そして人類の進歩の努力と結びつき、相互に影響し合って、より良い平和な世界の実現に貢献する世界最大の教育的・文化的な運動であり制度といえます。

この歴史的遺産を継承し、コロナ禍の新たな状況対応し、これまで見過ごされてきたオリパラの課題にメスを入れ、持続可能なオリパラの展望を以下の点で広く検討することを呼びかけたいと思います。

①オリンピック憲章の目的と使命に立ち返った開かれた討論。
②アスリート・ファーストと市民スポーツの共同と連携。選手の人権を保障し、限界を超えた商業主義への民主的規制をすすめる。オリンピック運動の「頂点」とされている、4年に1回のオリンピック競技大会でのメダル争いだけでなく、ユース五輪などをはじめ、世界の多様な市民スポーツ・草の根のスポーツ運動との共同と連携を強化する。
③開催都市の負担を軽減する開催方式の抜本的な検討。規模の縮小、複数国開催、ブロック規模の共同開催、夏冬の開催地の恒久化と国際的な管理、男女混合種目・チーム、国際合同チームによる競技方式、夏季・冬季の開催種目の弾力的な調整。ジェンダー平等の推進。
④放映権料への過度な依存からの脱却。誘致コンサルタントの介入を排除し、利権・腐敗の一掃をはかる。
⑤IOC機構の改革、IOC委員の選出基盤の民主化。IOC関係役員の接遇の改革。
⑥IOC、NOC(JOC)関係者とスポーツの市民運動の討論の場の創設。
⑦「持続可能なオリンピック運動の改革構想」を検討し、提唱する。
⑧スポーツの市民運動の強化と国際的な連帯の発展をはかる。

市民団体、労働組合、スポーツ連盟などで構成する「2020オリンピック・パラリンピックを考える都民の会」は、2009年の「異議あり!石原オリンピックの会」の運動を出発点に、10年以上にわたって活動を継続してきました。東京都民の意見を反映するための討論会やシンポジウムの開催、予定会場・施設の現地調査などをおこない、よりよい改革・改善の提案などを行ってきました。

そして、IOCの広報委員会にたいし、直接懇談・要請を行い、組織委員会、東京都にたいしても、2020東京オリパラの招致計画と招致活動、開催計画、財政などについて、都民の要望をもとに、既存施設の活用や会場の変更など一定の成果を上げてきました。こうした活動を今後さらに発展させていきたいと考えています。