スポーツの楽しさをすべての人に|新スポ連創立60周年記念レセプション

2025年11月15日、愛知労働会館で「新日本スポーツ連盟創立60周年記念レセプション」が開催され、87名が出席しました。
まずは文化行事として、ぞう5000プロジェクトによる演奏「ぞうれっしゃがやってきた」「平和とぞうと子どもたち」が披露され、和やかな雰囲気で開会。主催者挨拶では、新スポ連全国連盟の置田康典理事長が「この60年間は、スポーツが一部の特別な人々のものから、全ての市民の基本的権利へと変遷していく歴史そのもの。新スポ連の理念を次世代へ継承し、市民スポーツの未来を確かなものとするため、皆さんと知恵を出し合い、新たな一歩を踏み出すことを固く誓います」と語りました。

来賓からは、地元・愛知で活動している榑松佐一さん、武藤貴子さんより、お祝いのメッセージをいただきました。その後、新スポ連元理事長の永井博さんによる乾杯の音頭で、歓談スタート。その後は、司会の福島宏子さん&小川洋さんのリードで参加者にマイクが向けられ、それぞれコメントされていました。
沖縄から参加の金城文雄さんは「スポーツは、暴力や差別、憎悪や偏見ではなく、平和の内に本領を発揮できる、また平和を促進していく人間が生み出した身体的な運動の、人類最高の文化です。来年、沖縄県連盟結成総会を開催すべく準備を進めていますが、スムーズにスタート・展開していけるよう、これまでのそれぞれの地域での活動経験や教訓、沖縄とのつながりでの人の紹介など、是非とも力をお貸していただきたい」と決意をあらわにしていました。
また、初代理事長の伊藤高弘さんからのビデオメッセージがスクリーンに流され、「新日本スポーツ連盟を振り返ってみますと皆さんがいます。私の後ろにあるのは樹齢50年の大木ですが、新スポ連も根を生やして、大きな枝葉を広げていくように成長されていくことを期待します」というエールが送られました。
参加者からは、「いろいろな方とお話ができて良かった」「子どもたちの合唱が心に響いた」「懐かしいメンバーに再会できた」「スクリーンに投影された画像に地元の写真があり嬉しかった」「伊藤高弘さんの『後ろを振り返って見ると皆さんがいます!』というメッセージに大いに励まされた」などの声がありました。
主催者挨拶から
沖縄県連盟結成に向けて
創立60周年へのメッセージ集
新スポ連 初代理事長・伊藤高弘さんからのメッセージ

主催者挨拶から
(新日本スポーツ連盟 全国連盟 置田康典理事長)
新スポ連は、1965年の創立以来、一貫して「いつでも、どこでも、だれでも」スポーツを楽しむ権利、すなわち国民の「スポーツ権」を確立すべく、その活動の旗を高く掲げてまいりました。
この60年間は、スポーツが一部の特別な人々のものから、全ての市民の基本的権利へと変遷していく歴史そのものです。私たちは、全国スポーツ祭典の開催や、地域に根差したスポーツ指導、環境整備を通じて、年齢や体力、障害の有無にかかわらず、誰もが平等にスポーツに親しむ機会を創出してまいりました。
今日、この記念すべき日を迎えることができましたのは、連盟の理念に共鳴し、礎を築いてくださった多くの先輩方、長きにわたり組織運営にご尽力くださった役員の皆様、そして現場で熱意をもって活動してくださる会員一人ひとりの情熱の賜物であり、改めてその献身に対し、心からの敬意を表します。
特に直近の数年間、私たちは未曾有の困難に直面いたしました。新型コロナウイルスのパンデミックは、世界の様相を一変させ、私たちが当たり前としてきたスポーツ活動を根底から覆しました。
体育館は閉鎖され、グラウンドは使用禁止となり、多くの練習や試合、大会が中止に追い込まれました。特に、定期的な活動を通じて健康を維持してきた高齢者の皆様、青春の全てを賭けて練習に励んできた若い選手の皆さんのモチベーション維持は、極めて困難な課題となりました。スポーツ活動を基盤としてきた多くのクラブや団体は、存続の危機に立たされました。
しかし、私たちは立ち止まりませんでした。
「スポーツの火を消してはならない」という一心で、感染対策のガイドライン策定と徹底、少人数・短時間での活動再開など、試行錯誤を重ねて「新しい生活様式の中でのスポーツのあり方」を手探りながら実践してまいりました。
この経験は、スポーツが単に身体を動かすことに留まらない、より深い社会的意義を持つことを再認識させてくれました。それは、人と人との交流の場であり、精神的な健康を支える柱であり、そして何よりも、困難な時代を生き抜くための希望と連帯の絆であるということです。この困難を乗り越え、活動を再開・継続してくださった全ての皆様に、改めて心から敬意を表するとともに、深く感謝申し上げます。
そして、私たちが60年間守り続けてきた基本理念、「スポーツは平和とともに」の重要性が、今ほど切実に、そして重く問われている時代はありません。
ご承知の通り、一昨年から続くロシアによるウクライナ侵攻は、罪なき市民の命と日常を奪う非道極まりない行為であり、私たちは改めて強い憤りと胸の痛みを覚えます。
平和のないところに、真のスポーツ活動はあり得ません。「戦争や差別」の対極に位置する活動であるスポーツは、国境、人種、宗教、政治的な立場の違いを超えて、人々が同じルールのもとで互いを認め合い、交流を深めるための普遍的な「平和の象徴」であり続けてきました。
新スポ連は、これからも「反核・平和マラソン」などの継続的な活動を通じて、平和への願いと対話の空間を創り出し、この理念を具現化していきます。私たちは、連盟員一人ひとりが平和の担い手となり、暴力や力ではなく、スポーツの持つ温かい連帯の力で、世界の平和構築に貢献することを、ここに改めて強く誓います。
新スポ連は、この60周年を単なる祝賀の場として捉えるのではなく、次の40年、すなわち100周年に向けての力強いスタートラインと位置づけております。「いつでも、どこでも、だれでも」スポーツを楽しむ権利の実現は、社会が複雑化する現代において、その達成のためにより強靭で柔軟な組織力を必要としています。
組織活動の原動力は、現場で熱心に活動してくださる会員の皆様です。次の100年に向けて、次世代を担う若い世代が、組織運営やスポーツ指導に積極的に参画できる環境を整備することが喫緊の課題となります。多様な働き方や価値観に対応し、若い指導者や役員を計画的に育成するために、誰もが無理なく、そして情熱を持って活動を継続できる強固な基盤を築いてまいります。
新スポ連の活動は、各地の種目組織の専門性・技術力と、都道府県連盟の地域展開力という二つの力が相まって初めて成り立ちます。
都道府県連盟と各地の種目組織が、枠組みにとらわれることなく連携を強化し、積極的に知恵を出し合い、資源を共有し、協働事業を展開する「連帯の力」こそが、新スポ連が次の時代へ力強く歩みを進めるための絶対条件です。この緊密な協力体制こそが、市民スポーツの未来を確かなものとします。
新スポ連の理念を次世代へ継承し、市民スポーツの未来を確かなものとするため、全国の連盟員の皆さんと知恵を出し合い、連携を密にして、新たな一歩を踏み出すことを固く誓います。
皆様には、新スポ連の未来への挑戦に、引き続き、温かいご理解とご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
沖縄県連盟結成に向けて
新日本スポーツ連盟沖縄県連盟準備室 金城文雄室長
新日本スポーツ連盟が、スポーツは万人の権利でなければならないと高らかに宣言し、スポーツを働く国民の健康と一体である全人類の文化として、それぞれが生きる生活・人生の、創造過程の中でスポーツをプレイすることが、主体形成の本道であることをはっきりと指し示しました。
そのことを、連盟の各組織と地域のクラブが大きな支えとなって活動し、様々な事業や取り組みをして切り拓き、数々の成果を生み出して来た連盟の60年の歴史に敬意を持っています。そして今では24都道府県連盟、3,808のクラブから成る、組織に成長していることに、改めて、祝意を表したいと思います。新日本スポーツ連盟創立60周年、おめでとうございます。
この間、私たちは沖縄県に新日本スポーツ連盟が結成できるよう、連盟の役員の方々の支援のもと、鋭意その準備を進めて来ました。
昨年11月3日・4日に開催された全国スポーツ祭典沖縄大会では、那覇市を中心とした会場で8種目、約1,600名の参加があったこと、種目、地域を越えたレセプションで大会参加者の約38%にあたる600余名が参加して大いに盛り上がり交流ができたことなど、関係者・役員及び参加者の奮闘・協力により大きな成功を収めることができました。
さらに、去った3ヶ月前の8月23日には浦添市で沖縄ペアマッチ卓球大会が、全国卓球協議会及び宮崎卓球協議会の馬場様はじめ九州ブロック卓球連絡会の全面的な運営・協力により開催され、沖縄からも55組の参加があり、ここでも成功を収めることができました。
先月10月3・4日は、那覇市において「新日本スポーツ連盟を知る会」を全国連盟役員8名、沖縄県11名の参加で開催することができました。これらの事業は、沖縄県でのスポー連盟結成に向けた目に見える取り組みでした。全国のスポーツ連盟の役員・連盟員の皆さまに、深く感謝申し上げます。ありがとうございます。
振り返ってみますと、沖縄県で新日本スポーツ連盟立ち上げの計画が実際に動き始めたのは、6年前の2019年11月21~23日の全国連盟役員の皆さんの来県からでした。その後、新型コロナウィルス拡大が続く中で、再び連盟結成の計画が始動できたのは2年半後の2022年4月でした。
もっと遡って今から50年前、当時、新日本体育連盟と言っていましたが、その新日本体育連盟沖縄県連盟が1975年4月27日に結成されていました。県連盟ニュースも発行されていて役員15名の名前も紹介されています。3年近く活動されていたのではないかと思われます。那覇市で開催された「連盟を知る会」には、当時20代で役員をしていた2名の方の参加もありました。
沖縄には、地上戦を体験してきた住民目線の言葉として“命どぅ宝”というものがあります。戦後は、反基地・反戦運動の標語としても受け継がれている言葉でもあります.スポーツは、平和な世界・社会の中で育ち、その上に1つひとつの実をつけ開花させてきた人類の文化です。古代ギリシャのオリンピックに由来する「オリンピック休戦」が、1993年以来、国連総会で「スポーツとオリンピックの理想を通じた平和でより良い世界の構築」と題して、オリンピックイヤーの前年に継続して採択されて来ています。戦争をやめて、対話と平和を促進していくという世界の人々の願いが込められています。
スポーツは、全世界の日常に、国籍、人種、宗教の違いを越えて、そこに集う人々の対等・平等な空間を創り出し、先人に学びつつ、自身の努力によって獲得してきた体にある力と技を介して、さらには自分の体の外にある構成員・コーチ・審判員等を含むスポーツ独自の空間を形成し、環境の整備・変革をも伴いながら、それぞれが身体的表現の水準に挑戦し限界を超えようとする人々の営みだと思います。とすればスポーツは、暴力や差別、憎悪や偏見ではなく、平和の内に本領を発揮できる、また平和を促進していく人間が生み出した身体的な運動の、人類最高の文化だといえないでしょうか。
人々が幸福を求め、いつでも、どこでも、だれもがスポーツを実現していく権利と、平和を求める運動は、車の両輪のようなものだと言えます。新日本スポーツ連盟は、11月12日に60周年を迎えました。本日の15日から日本で初めて、聴覚障害者のオリンピックとも言われているデフリンピック東京大会も開催されます。100周年という記念大会ともなっているようです。
この6月には、「スポーツ基本法」が改訂され、基本理念を定めた第2条1項「スポーツは、これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利であることに鑑み、国民が生涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所において・・・推進されなければならない。」という条文に、新たに「人種、性別、年齢、障害の有無等にかかわらず」という文言が挿入されました。
新日本スポーツ連盟の人権としてスポーツを実現していく標語ともなっている「いつでも どこでも だれもがスポーツを」「スポーツきみが主人公」を法的に明示したものとなっていると思います。
戦後80年、被曝80年、新日本スポーツ連盟60周年記念の節目の年に、沖縄県連盟結成に向けた報告ができることを皆さんと共に喜びたいと思います。来年の2月下旬か、3月上旬に沖縄県連盟結成総会を開催すべく準備を進めています。連盟員の皆様には、沖縄で連盟活動がスムーズにスタート・展開していけるよう、これまでのそれぞれの地域での活動経験や教訓、沖縄とのつながりでの人の紹介など、是非とも力をお貸していただきたいです。正直のところ動けるメンバーが、少ないのが現状です。連盟員の皆さまの力添えをよろしくお願いします。













