 |


1 2 3 次のページ→
セルフジャッジがきれいな選手の試合は見ていても楽しい
桑名 さきほど宇野さんのお話でセルフジャッジがありました。スポーツ連盟のテニスは大会がほとんどセルフジャッジだそうですが、その中にはアンフェアなものもあるかもしれません。土居さんはどういう思いでそのセルフジャッジをやっているのですか。
土居 私たちは大会以外、近所の方とテニスをしています。でも、そこでも勝ちたい人はいます。それはずっとあることだと思います。ちょっと大きな試合、全国大会になったりすると、「ジャッジがきれいだな」と思う人はきっと気持ちがいいんだろうなって思って、私は見ています。例えばシングルスだと一人じゃないですか。相手側のラインまではっきり見えませんよね。たしかに「いつもあの人はアウトって言いますから、ちゃんと見ていてください」というような訴えもあります。ですが、ジャッジがきれいな人の試合を見ている方が私も楽しいし、試合をしている方も楽しんでいるように見えます。そういう思いでセルフジャッジをやっています。
司会 なるほど。他にはありますか。
土居 ユニフォームも大会のときにいろいろ問題にされますね。動きやすいというのではなく、「メーカーが作ったものならいいじゃないか」という意見があります。でもそれって、テニスのメーカーを推薦しているようなものじゃないですか。本来、白くて襟があった方が格調的には良い。という考えでやっていたわけですよね。それをいつしかテニスのメーカーが出したものは認める。ちょっと変だと思うんです。たとえば、ユニクロの襟付きのポロシャツでも良いわけですよね。実際、今は襟付きじゃないものを着ている人もいます。
桑名 規定として、メーカーが出したものじゃなきゃ駄目なわけですか。
土居 駄目というのではなく、どこまで許すかという議論ですね。襟がなくてもメーカーが出しているものなら仕方ないとか。今、いろいろと話し合っています。
司会 どういう方向に決まるかわかりませんが、そうやって議論することが大事なんですよね。
土居 そうですね。
司会 話変わりまして、勝利至上主義や商業主義が、ある意味スポーツを駄目にしているのではないですか。
宇野 私は勝利市場主義も商業主義も、アマチュアの世界には無縁な話だと思っていました。好きでやっている愛好者は勝つことだけにこだわらない。来た(参加した)人はみんな平等で、試合に出られるなど。楽しもうという気持ちが先に立つのかなと。ですが、実際にサッカーの現場を見ても、プロの真似に近い状況があります。やっているプレイはフェアプレイとは言い難い内容です。ただ『スポーツを人間の権利とする新日本スポーツ連盟』の中でサッカーをするのなら、もっと違ったフェアプレイのアプローチがあると思いました。
司会 例えば、どんなアプローチがあるのですか。
宇野 はい。そこで具体的に現場にフェアプレイを持ち込む方法として、今、フランスで行われている7人制サッカーのフット・ア・セット(全てセルフジャッジで、審判はいない)を日本で普及しようとしています。戦術的なファウルはサッカーの中に存在します。勝つためには戦術的ファウルが必要不可欠で、私もそう教えられてきました。でもスポーツをもっともっと楽しむことを考えたら、勝つために戦術的なファウルをするのではなく、自分たちでファウルをしないように、ゲームをコントロールしながら楽しむ。それがフェアプレイの1つの形になるのではないかと思っています。意図的なファウルを止めるには、第三者(審判)に判断を委ねるのではなくて、自分たちで判断する方法もあると思います。
司会 なるほど、そうですね。桑名さんはどう思われますか。
桑名 スポーツって勝利を求めるものだと思うんです。たとえそれがどんなレベルでも。勝利とか技術向上とか。それ自体、悪いことではないと思います。要は勝利の求め方が大切なのではないでしょうか。手段を選ばずにやるのが勝利至上主義なわけで。
1 2 3 次のページ→
「スポーツのひろば」2010年1-2月号より
|  |
|
Copyright (c) 2008 New Japan Sports Federation. All rights reserved.
|
 |