
みんなで走って平和をアピール! 今年も全国各地で開催しています。
台風などの理由により中止せざるを得ないところもありましたが、全国各地で多くのランナー、スタッフが参加。暑さに負けず、走りました。

第1回名古屋1周平和大好きマラソンに参加して、とてもさわやかな感動を味わうことができました。朝、大雨洪水警報が出ていましたが、参加する人びとの顔は輝いていました。「
こんな日で本当に実施するの?」と質問する人は誰もいませんでした。
平和行進の人たちに声援を送ったあと、先導車のアナウンスの合図でスタート。「
私たちは平和を愛し、走ることを愛する人たちです。歩道を走ります。ご迷惑をかけますが応援してください…」という趣旨のアナウンスに励まされ、名古屋市内25 を走り終えることができました。

来年も平和行進と交流できる時期に実施する予定ですが、2回目は確実に参加が増えると思います。なぜなら、まとめの会での感想には、「
来年はもっと仲間を誘って参加したい」という意欲があふれていたからです。 実行委員会のみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。平和を守る心を広げるために、共にがんばりましょう。(岡本 清)

富山県連盟が行なう反核平和マラソンは、今年で13回目を迎えました。最初は独自に「走ることで核兵器を廃絶」を県内にアピールする取り組みでしたが、2回目から国民平和大行進に合流することを意識。3回目からは日本海側にタスキを引き継ぐことを決め、また独自のコースも設定しながら取り組んできました。
今回はランナー10名とサポーター4名の参加で、砺波から小矢部そして天田峠を越え石川へ引き継ぎました。宣伝カーによる音のアピール、「
核兵器をなくそう」のゼッケン、「
スポーツは平和とともに」のタスキ、数名が「Sports9」のTシャツを着用し、平和の大切さ、核兵器廃絶を沿道に訴えることができました。反核平和マラソンを継続していくことで平和の声を集めていくことが、ますます大切になってきていることを実感しました。 (青山光夫)

50回を迎えた国民平和大行進が、富山から石川へ引き継がれたのは、6月16日の昼時。暑い日ざしが照りつける中、県境のくりから峠には、100人ぐらいが集まりました。その中には、平和マラソンのメンバーが元気な姿を見せていました。石川からは10名余りのランナーたちが出迎えました。

核兵器をなくそう!ゼッケンを胸にランナーたちが津幡町役場までの約8 を走りました。スポーツは平和とともに。その足どりは平和への願いがこもっていました。
そして、6月23日には、福井へ引き継がれました。
8月5日には、羽咋から金沢までの45 を反核平和マラソンが走る計画。今年も熱い訴えが県内を走る。
(森尾よしあき)

スタート地の大山崎町役場前に集合したランナー・スタッフ総勢50名超。丹波9条の会、市教組ランナーズ、ランナーズ9の会、京都ランナーズ等、今年はチーム参加が目につきました。毎回メッセージを寄せられる大山崎町ですが、今年初めて真鍋町長の挨拶を受けました。9時25分、31名のランナーが長岡京市、向日市経由京都市役所までの30 のコースをスタート。

京都市内に入ると、市民の声援も増え、年配の女性から「
日本がまた戦争する国に変わりそうで不安。平和を訴えられるのは素晴らしい、がんばって!」と激励されました。修学旅行生も多い金閣寺道で、北大路通、河原町通で学生、生徒たちから声援を受け30名のランナーが元気いっぱい京都市役所にゴール。地球上から核兵器を一掃して「
スポーツは平和とともに」のスローガンを実現する道は、戦わず、武器を持たずと宣言した「
日本国憲法第9条」を世界中に広げることにありと確信した1日でした。(荘司 浩)
今年も、反核・平和のゼッケンをつけ、たすきを掛けて高野山から元気いっぱい駆け下りてきました。

参加者が増え、いままで1区画を1、2名で走っていましたが、今年は1区から最後の7区まで、3名以上で走ることができました。
沿道の反応も良く、手を上げて振ると応えてくれる人が増えてきました。
「
高野山は空気が良く、気持ちよく走れた」
「
大変気持ちよく走れた。来年も必ず来ます」
「
たのしく森林浴ができた。曇っていて走りやすかった」
「
メンバーとスタッフと天候に恵まれた。支援してくれる人がいるので楽しく走れた」
というランナーの声があり、私も大変楽しく走ることができました。(林口秀司)

▲雨の中のスタート。思わず警官も「この雨の中やるんですか?」
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神奈川労連・横浜市従・神奈川県職労・三浦市職労・神奈川県スポーツ連盟等で構成する実行委員会が主催する07年神奈川反核平和マラソンが、7月7日、8日の2日間、今年も県下8コースで開催されました。今年は曇り空で気温もさほど高くなく、ランナーにとっては走りやすいコンディションでした。
今年の全体的な特徴は、(1)参加者が20%程度増えたこと(ランナー120名、スタッフ55名)、(2)沿道の反応が良かったこと(手を振ってくれる人が多い)、(3)3年連続で県下全自治体(34自治体)の協力を得られたことです。ただ、川崎市が長年続けてきた「後援」を取り下げたことは、理解に苦しむと同時に残念でなりません。
川崎コースにはホームページをみて「この夏何か訴えることができれば」と、二の腕に貼りタトゥーをした若者二人が参加し15 を完走。ランナーズ9の会からも揃いのブルーのユニフォームで多数の参加があり、その中の牟田静さんは2日間参加全コースを完走(105 )し、反核平和をアピール。新横浜走友会や三浦RCはクラブぐるみで参加し、また、新たに卓球協議会やウォーキングクラブからもランナーとしての参加がありました。

行く先々立ち寄った自治体ではあたたかい歓迎を受け、久間前防衛相の「しょうがない」発言は許せないとの声が、いくつかの自治体から寄せられ、大いに励まされました。
一日も早い「核兵器廃絶」と「米軍基地撤去」、そして永遠の「平和憲法堅持」の思いを強くしたとりくみとなりました。(吉成 克美)
去る8月5日、第7回あいち反核・平和マラソン&ジョギングが名古屋市内(鶴舞公園)で10名の参加で行なわれました。

この企画は国民が平和について考える月(広島・長崎に原爆投下された時期)にふさわしく、毎年8月6日前後の日曜日に、名古屋市内でも木陰の多い中心地・鶴舞公園で
平和を訴えながら走ろう!と提案され、実現したものです。
今回で7回目。そして、今年24回目を迎える「
高蔵寺弾薬庫一周平和マラソン」とともに、ランナーが平和を考える行事として定着してきました。
1周2 の公園を2周するもので、暑いシーズンですが早朝で緑豊かな木陰コースということもあり、幅広い層に親しまれてきました。
参加費は600円。そのうち半額は「
被爆者募金」にあてられることもあって、わずかながら募金運動に寄与した気持ちにもなると同時に、被爆者団体からも喜ばれています。今回も当日、募金を手渡してきました。(青木 正雄)
沿道から声援が飛んだ
8月5日、第11回目の反核平和マラソンは、石川県羽咋市から金沢市までの45 を走り抜きました。
参加したのは、石川民主医療機関連合会の職員をはじめ、ランニング愛好者11名です。
午前9時前に羽咋市役所をスタートし、5時間半をかけて核兵器廃絶を訴え、午後2時半に金沢市京町・城北クリニック前に到着しました。この日は、梅雨が明け、台風の通過もあって、気温がぐんぐん上昇、32度を超える炎天下、宣伝カーを先頭に走り続けました。ランナーズ9のシャツを着て走りぬいたランナーは「アピールできてよかった」と日焼けした顔が輝いていました。(森尾よしあき)


福井県スキー協を結成して、今年でちょうど10周年になる。反核マラソンを始めたのも、翌年の平和行進に合わせて行なってきたので、こちらも10回目になる。
本来なら節目の企画を考えて良さそうなものだが、今回もまたいつものメンバーになってしまった。
スキー協の3人に、マラソンクラブから2人、100キロマラソンも走る同僚のご主人、車の随行をお願いした同僚の7人で今年の反核マラソンはスタートした。
コースはいつもの加賀・吉崎御坊から坂井市三国町役場までの約14 である。今年も運良く天気に恵まれた。翌日はバケツをひっくり返したようなひどい雨だったからだ。
引継式では、石川県スポーツ連盟の森尾さんから襷を受けた。今春の一斉地方選挙では、再選を果たされ笑顔で握手。北信ブロックスキーフェスティバルでの再会が楽しみである。無事に今年もコースを走りきり、遅い昼食を取りながらお互いの健闘を称えあった。PEACE。(石塚義治)

第24回反核平和マラソンは、7月1日、白子コースではランナー6名・自転車隊5名・給水スタッフ1名の12名で実施。松阪コースはランナー14名・自転車隊2名・給水スタッフ2名の18名で実施しました。
『今、核兵器の廃絶を』の署名を訴える活動はスポーツ連盟から4名と、三重県平和委員会から2名の応援で行い、56人分の署名を集めました。
終了後は、津お城西公園にて昼食を摂りながら交流会を行ない、平和な世の中を継続することの大切さを参加者みんなが肌で感じ、また来年の参加を誓い合いました。(鈴木祥夫)

平和憲法を守り、核兵器も戦争もない平和な社会の実現をめざして、広島原爆の日の8月6日「
2007年みんなで走ろう8・6滋賀反核平和マラソン」「
反核平和ウォーク」が開催されました。ランナーは長浜市役所から滋賀県庁までの約74 を駅伝方式でつなぎながら走りました。
長浜市役所で出発セレモニーを行なった後、午前9時にスタート。参加ランナーは、びわこランナーズのメンバーを中心に、途中からの合流を含めて17名、スタッフ5名(伴走車運転)。途中の彦根市、近江八幡市、野洲市、守山市、草津市の各市役所に立ち寄り、有事法制による戦争協力の拒否、憲法9条改悪反対、平和行政の推進などの要請を行ない、滋賀県庁を目指しました。

一方今年で2回目となる反核平和ウォーキングは、琵琶湖の西側JR唐崎駅で午後1時に出発式を行い、占領アメリカ軍の水耕栽培農地、滋賀海軍航空隊兵舎跡地、旧陸軍滑走路跡地、秘密兵器出撃基地、射撃場跡地などを巡り、途中大津市役所で要請行動を行い、滋賀県庁を目指しました。参加者はびわこテクテククラブのメンバーおよび滋賀県連盟、県労連、新婦人などの組織から17名が参加しました。
午後5時にウォーキング隊が、5時10分にランナー及びライダー隊も揃って滋賀県庁に無事ゴール。合同で到着セレモニーを行いました。今年は偶然、滋賀に来ておられていた全国連盟の永井博理事長が県庁に駆けつけてくれて、ランナーの出迎えとセレモニーでのご挨拶をいただきました。(渋谷 敏久)
7月8日、空模様を心配していたところ、主催者・参加者共に日ごろの行ないがいいのか、また大会の主旨を汲み取ってくれたのか、いい天候に恵まれ、平和大好きマラソン大会を盛大に開催することができました。
蒸し暑い中、ボランティア16名と110名のランナーとウォークの方々が、胸に「
戦争に反対し平和な国づくり」「
平和憲法9条を守ります」のゼッケンをつけ、汗を光らせながら紀ノ川の河川敷を2時間、平和を願い、感謝し走り、歩きました。ゆるやかな紀ノ川の流れ、笑顔で走り抜けるランナーに給水のボランティアをしながら平和のありがたさをつくづく感じました。

平凡な日々の中では、当たり前の日常をこの行事のお陰で改めて、平和について考える事ができました。近年の世界情勢を考えるとこれまでのように平和に浸かってばかりはいられません。一人一人が本気で考え、行動しないと世界平和は望めません。これからの子どもたちのためにも、核を廃絶し平和な世界が来ますよう、これからもマラソンを通じたくさんの方々と平和交流をしていきたいと思います。(清水 佳代子)
ランナーが各地から大阪城公園を目指す

第26回関西網の目反核平和マラソン大会は、大阪府下7コースから「
核をなくせ」「憲法9条を守れ」をアピールして走りました。なかでも40 という一番長い距離を走る岸和田コースは、岸和田市役所で出発セレモニーが行なわれ、岸和田健康クラブのランナー12人と伴走車2台、スタッフ3人が元気にスタートしました。このコースでは、沿道での応援も積極的に要請するので、各地で応援、声援が飛んでランナーを励ましていました。
一方、北摂コースは、北の端の島本町、阪急水無瀬駅を出発し、大阪城へのゴールまでの36 を10人で元気よく走り抜きました。

河内長野コースは、21人が「
核廃絶」など、お手製のゼッケンをつけてスタート。奈良王寺コースは、唯一県外から王子ランナーズクラブ、ランナーズ9の会のメンバーも加わっての参加となっています。ランナーズ9の会は、奈良王寺コース、北摂コース、枚方コース、住吉・長居コースなどに分散して参加していただき、大きく盛り上げていただきました。
13時30分には、各コースが元気に大阪城公園噴水ひろばに集結し、トマトやアメリカンチェリー、梅、麦茶の接待を受けて大喜びでした。枚方コースの入場を待ち、閉会大集会が行なわれ、各コースから一言コメント。大阪府連盟を代表して小東喜久次副理事長がランナーの熱意に敬意を表しました。この日ランナーに配布された26府市町の自治体首長、労組団体のメッセージと平和宣言を川野事務局長が読み上げ、大きな拍手で確認され、大会は無事終了しました。(川野弘之)
梅雨空を吹き飛ばし好天に恵まれた第26回関西網の目反核マラソン兵庫コースは、ランナーズ9の会、明石健康クラブ、東神戸病院などのランナーを中心に48名(昨年38名)と要員6名の54名が参加しました。
出発集会では、兵庫県知事、神戸市長、兵庫医療生協の激励のメッセージが紹介され、主催者挨拶で和田兵庫県連盟理事長が「沿道の人たちに平和と核廃絶を訴えて元気に走っていきましょう」と訴えました。全員で記念写真をとって先導バイク、宣伝カーを先頭にランナーズ9の揃いのユニホームでのぼりを手に持ったり、思い思いの手書きのTシャツやゼッケンをつけて神戸市役所を出発。三宮の繁華街を沿道の人たちに手を振りながら平和を訴えました。
途中、兵庫大開でスポーツドリンクや冷たいトマトなどを補給、元気よく次の須磨浦公園まで走っていきました。沿道では、がんばってーと手を振り声援してくれる人も以前より多く見かけました。

須磨浦公園で16名のランナーが参加し、須磨海岸の海風を浴び、舞子公園や明石大橋や大蔵海岸の景色を楽しみながらのさわやかなランニングで、予定通り明石市役所に到着しました。明石市長と堀内照文氏のメッセージを披露し、ランナーズ9の会の呼びかけや広島長崎反核マラソンへのカンパの訴えなどもあり、来年はさらにたくさんのランナーの参加で反核マラソンを成功させようと、全員の拍手で確認をしました。(和田利男)
「広島から長崎へ」ついに完成
83年に福岡?長崎間で始まった反核平和マラソンは、今年で25回目を迎えました。86年の第4回目から広島と長崎の被爆地を結ぶ500 の反核平和マラソンとして走り続けてきました。8月6日午前8時25分に広島平和公園・嵐の母子像前を出発。8月8日午後6時50分、長崎平和公園に無事到着しました。
夢が実現しました。それは25回目を記念したテーマソング「広島から長崎へ」ができあがったことです。これは北九州のうたごえメンバーが作詞・作曲し、歌ったもので、ランナー搬送用のマイクロバス運転の常連、内田順三さんの想いが詞に盛り込まれています。3日間ニュースカーから流されたこの歌は、ランナーを心地よく、リズムよく刺激し、後押ししていました。
今回は、ランナーズ9の会のメンバー8名が参加。兵庫をはじめ北海道、神奈川、長野、大阪、高知など全国から会員が走りました。また全国ランニングセンターの北出さんらも初参加し、タスキをつなぎました。
今年は下松市、下関市が初めて市長の祝電・メッセージを届けるなど、沿道自治体からの賛同の輪が広がっています。特に下関市では、関門人道トンネル入口前でメッセージが披露され(収入役代読)、金一封が手渡されました。(神田 孝)
広島から長崎へ 詞・曲:山田敏夫
「反核平和マラソン」に寄せて
広島と長崎が 焼きつくされた日を
いつまでも忘れない 忘れてはいけない
燃やされて殺された 人々の思いを
感じたい 伝えたい 繰り返さぬために
(※)8月の暑い日に たすきをつないで
汗を流し 息を弾ませ 走り続ける
広島から長崎へ 平和を呼びかけて
声を上げて 前を向いて 走り続ける
焼跡はよみがえり 町並みは広がる
流された涙は 乾いてしまったか
悲しみは忘れたい 笑顔で暮らしたい
でもいつも思い出す 悲しい出来事を
※(くりかえし)
半世紀過ぎてまだ 核兵器は消えず
核武装する国は 増え続けている
爆音が鳴り響く 世界のどこかで
小さくて聞こえない 平和を願う声
※(くりかえし)
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