
ふくしま・くにお 広島県出身 大阪を「連盟活動の郷里」と語る。新日本スポーツ連盟副理事長、広報局長・「スポーツのひろば」編集長。
人は彼を評して「きちっとした人」「今までにないタイプの副理事長」という。「スポーツ連盟をかえる男」という声も。この夏には、FSGT代表団歓迎実行委員会事務局長として手腕を発揮した―
福島さんがスポーツ連盟にかかわったのは1983年、大阪サッカー協議会に会社のクラブが入ったのが最初だ。それから数えて、今年で四半世紀となる。その後、大阪および全国サッカー協、大阪府連盟の役員を経て、02年からは全国サッカー協選出の全国連盟理事を務め、東京に居を移した08年、第28回全国総会で副理事長に選出された。
「あなたにとってスポーツ連盟とは」の問いに、「家族」と答えた。その真意は「日本語の家族より、カタカナの“ファミリー”のほうが分かりやすいかな? 一族というか、そういうとらえ方をしています。空気みたいなものですね」だった。そして、「だから、スポーツ連盟の理念や総会の方針をきちんとふまえた上で、それぞれが自由な発想で好きなことができる。それがスポーツ連盟だと思っている」とつけ加えた。
今後は、「とにかく連盟を大きくしたい。もっとメジャーに、そしてスポーツ団体として知名度を高めたい」そうだ。広報局長にうってつけの人だった。
では「スポーツのひろば」の今後はというと、「より多くの連盟員に読んでいただける『ひろば』でありたい。」
30年近く続けるサッカーの魅力を、「コミュニケーション。通常、ゲームの戦術としてコンビネーションというけれど、それにとどまらず、感情・行動・言動の共有、受け渡しがゲームの中でできるところ。つけ加えるなら、チームスポーツは個人の能力が低くても勝利の味を知ることができる」と語った福島さん。サッカーで培ったコミュニケーションを駆使し、「いつも笑顔で全力疾走」をモットーに、スポーツ連盟を「広報」してゆく任務に当たっている。(文=桑名令子)
「スポーツのひろば」2008年11月号より
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