「スポーツは平和とともに」を心に刻む時
2008年10月号
― 学校・社会を問わず体育・スポーツを発展させるために

 8月上旬は忙しい日々が続きました。ちなみに挙げてみると、1日は事務所でFSGT歓迎交流夕食会、2日は東京反核・平和マラソンと藤沢でのFSGT歓迎平和交流集会、3日は湘南月例マラソン、4日はFSGTとの会談、5日は広島~長崎反核・平和マラソン「広島出発・交流のつどい」、6日は広島~長崎反核・平和マラソン出発式でした。

 続いて、8日から11日まで鹿児島市で開かれた、学校体育研究同志会の全国総会と研究大会に参加しました。総会では、昨年に続いてスポーツ連盟とスポーツ「9条の会」を代表して、挨拶をする機会を得ました。

 その間、わたくしの脳裏に去来した平和と憲法のこと、学校と社会の体育・スポーツの係わりのことなどを、書き留めることでフィールドとしたいと思います。  広島で強く感じたことは、「核兵器は廃絶されることにだけ意味がある」とする広島平和宣言の一節に象徴される、近年の核廃絶への国際世論の高まりです。

 わが国にあっては、憲法九条を変えて戦争のできる国にするなという声の高まりです。とりわけ、2004年の「九条の会」のよびかけを契機に全国に誕生した7000を超える「会」の活動によって、九条を、憲法を、変えるなという声は国民世論となっています。  こうした活動と世論の力で改憲策動を打ち破ることによって、教育基本法を47年教育基本法に再改定することが出来るでしょう。それは、日本の学校が再生する時です。

 「スポーツは平和とともに」を、すべての体育・スポーツ関係者が心に刻み一致して歩むことが、学校・社会を問わずわが国の体育・スポーツを発展させることなのだと、感じとった強烈な日差しの夏の日々でした。

 さて北京オリンピックは、後半の陸上競技が始まりました。そして、いきなり男子は百mで驚異的な世界新記録の誕生です。平和と友好が生み出したものだ、と言えるでしょう。  この記録誕生に関して、麻場一徳都留文科大学陸上競技部監督の「スプリント競技とは、自分の体を題材にした芸術作品だと思います。肉体と技術を極限まで磨き上げることで、だれにでもできる単純な行為を、何者もまねできない域にまで高めるのですから」とのコメントは、「スポーツとは何か」という問いに対する一つの答えだと思います。

 力やスピード、表現に違いがあったとしても、スポーツをするという行為は、その中にこうした価値を内在させているのです。(新日本スポーツ連盟会長 永井 博)


Copyright (c) 2008 New Japan Sports Federation. All rights reserved.